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T第一発電所

まいど、ボブです。

前回の滋賀探索と同日に、岐阜の端にあるT第一発電所にも行ってきました。

 

前回の物件はこちら:

滋賀県 SOセメント I工場 - ボブ@廃墟探索しようズの廃墟録

 

T第一発電所の歴史

T第一発電所は、三重県にあったF鉱山の工場のために作られました。

 

その証拠として、T第一発電所の入り口にはいまだにその企業名が掘ってある石が立っています。

 

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開設時期ははっきりしていないが、昭和51年には創業を停止したようです。

 

もし行かれる方がいた際の注意事項ですが、建物に至るまでの道がだいぶ狭くなっています。

 

特にこの橋を渡った先は。

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僕は間一髪大丈夫やったんですが、滑り落ちたらそのまま川に・・・。

なんてこともありえます。

 

外観

外観はこんな感じです。

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この建物のすぐ裏には、山から水を引いていた管が残っていました。

 

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また、建物の横には電圧調整に使ったであろう機械も残っています。

 

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建物の内部

建物の中には当時使っていた機械や道具類がそのまま残っています。

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この青色の機械は水を汲み上げるための「渦巻ポンプ」です。

この機械で水を汲み上げて発電を行っていました。


今となっては珍しいものとしては、東芝東芝と名乗る前の計測器が残っていることです。

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昔は、東京芝浦電気株式会社だったんです。

まとめ

ということで、T第一発電所のご紹介でした。

物件としてはかなり小さいのですが、中に残っている機械類の存在感はすごいです。

 

また中は暗いので、三脚を持っていくことをおすすめします。

SOセメント I工場

まいど、ボブです。

 

今回からしばらくは滋賀周辺の探索記録です。

第1弾は日本で減りつつある貴重な大型工場廃墟です。

 

廃墟探索は十分な装備と警戒がないと、怪我や事故に繋がります。
ここにある情報を元に探索してトラブルに巻き込まれたとしても責任は取りかねます。
ご注意ください。詳しくは下記URLをご覧ください。

https://haikyo.hatenablog.jp/entry/20190306/1551872433

 

SOセメント I工場の歴史

SOセメントは、1994年にSセメントと0セメントという会社が合併したことにより生まれました。

 

今でも会社自体は存在しており、4つほど工場も稼働しているようです。

ですが、昔は今よりも工場が多く、このI工場もそんな稼働停止となった工場の1つです。

 

ちなみにここは2003年に稼働停止となっていますので、今で16年位ですね。

 

外観

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近くの道を歩いていると、こんな感じで一部が顔を出しています。

他の道からも後ほど出てくる巨大煙突が見えたりしてます。

 

全体像

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中に入ると真ん中に大きな道が1本通っており、その両脇に解体途中の施設が残っています。

 

解体途中でも今回はかなり感激したので、これが解体前だったら・・・と思わずにはいられませんでした。

 

施設紹介

それでは、それぞれの施設を見ていきましょう。

 

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まず入って目につくのがこの煙突。

半端ない高さで、数十メートル先から撮ってようやく全景を撮影できるくらいです。

 

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次に入って左手奥にあるのが、この機械。

 

この先はI山と繋がっているベルトコンベアがあったと思われる場所なので、原料ミルだと思われます。

 

ここで原料の粉砕を行っていたのでしょう。

 

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煙突の横にあるのがこの建物。

2階部分に行く階段などは既に撤去されており、行けませんでした。

 

1階部分にはこのように、サイクロンと思われる機械が残されています。

 

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ここまででセメント製造の第1段階が終了します。

 

こちらの建物の向かいには、大きな機械か何かが設置されていたであろう土台が残っています。

 

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で、土台から少し離れたところにあるのが先程外から見えていた建物です。

 

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こちらは出荷前のセメントを入れておくセメントサイロ、もしくはその一歩手前の製品を入れておくクリンカサイロでしょうか。

 

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サイロと思われる施設の向かいにも大きな建物がありました。

この施設の下にも機械がついていましたが、なんの機械か明確には分かりませんでした。

 

まとめ

以上、SOセメントの探索記録でした。

 

こちらの施設を管理している企業が現役なので、いつ解体が再開されるかわかりません。

 

それまでになるべく多く通って、空撮などもしてみたいと思います!

京都 A山 ケーブルカー遺構

まいど、ボブです。

 

前回で8月お盆の長崎探索の記事が終わりました。

今回は久しぶりのソロ探索記事です。

 

今回は京都の嵐山からバスでちょっと行ったところから登山した先にある、とあるケーブルカーの駅舎跡です。

 

A山 ケーブルカーの歴史

このケーブルカーは山頂の神社へ向かう参詣路線として建設されました。

 

ケーブルカーがあったときは、周辺には遊園地・ホテル・スキー場などが整備されました。

 

その後世界恐慌の影響で業績が悪化。加えて戦時中に不要不急線指定を受けたため廃線となりました。

 

参拝道から見える遺構

嵐山から最寄りのバス停まで移動し、そこからはひたすら徒歩で登山するしかありません。

 

ここは山頂の神社に通じる参拝道なのですが、歩いていると横にケーブルカーの遺構を見れます。

 

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この部分は参道のすぐ入口の部分で見れます。

なお、崩れている箇所がありますのでこの遺構を登っていくことは禁止されています。

 

ケーブルカー駅舎 外観

山の中腹にある駅舎跡の外観はこんな感じです。

 

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ちなみに「ロープウェイ跡」があるA山は、福岡にあるA山のようです。

ここはケーブルカーなので地下に施設が残っています。

 

ケーブルカーだと分かる部分

ここがケーブルカー駅だとわかるのは地下の部分です。

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このように地下部分にケーブルを引っ張っていた遺構が残っています。

もしケーブルカーなのであれば地下ではなくもっと上の階に巻き上げ機が残っているはずなので。

 

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ちなみに地下には唯一の残留物である椅子が残っています。

駅舎部分

駅舎部分にも入ることができます。

が、柱のコンクリートがこんな感じで落ちており、あと鉄筋が折れたら崩れるような状況です。

 

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駅舎部分に入る際は柱に負荷をかけないよう、上の階に大人数で登るなどはしないようにしましょう。

 

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ちなみに路線跡の方から駅舎を見ると、こんな感じです。

 

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まとめ

というわけで、今回は京都のA山 ケーブルカー遺構でした。

 

元々は廃墟だと思って行ったのですが、行ってみたところ京都市かどこかが設置した看板が立っていました。

 

参道の途中にも建物跡の箇所には看板が立っていたので、歴史的な建物として今後保存するのでしょうか。

 

(建物の状態を見ているとそうには思えないのですが)

 

どちらにせよ、崩れかけの建物なので気をつけていくようにしましょう!

 

旧佐世保無線電信所(針尾送信所)

まいど、ボブです。

 

今回は廃墟というよりは、遺構ですね。

 

長崎探索の最後に、国の重要文化財に認定された「針尾送信所」に行ってまいりました。

 

針尾送信所の歴史

針尾送信所の電波塔の高さは、1号及び2号塔が135m・3号塔が137m。3本の配置は約300m間隔の正三角形となっています。

 

日本海軍佐世保鎮守府の無線送信所として、1918年大正7年)11月に着工、1922年大正11年)に完成。竣工日は1号電波塔から順に4月30日5月30日7月31日です

 

当時の竣工中の写真なども、現地や海上自衛隊佐世保史料館に行くと見ることができます。

 

 https://www.mod.go.jp/msdf/sasebo/5_museum/1_guide/

対岸から見てもでかい

針尾送信所は西海橋の近くにあるのですが、橋を渡った先に展望台があります。

そこから送信所を見るとこんな感じです。

 

 

この3本の送信塔を使って、電波を送っていたんです。

展望台には詳しい説明も書いてあるので、気になる方は見てみてくださいね。

 

3本のうち1本だけ見学することができます。

針尾送信所の送信塔のうち、1本だけ内部を見学することができます。

この見学は保存会の方が対応してくださるので、見学時間を守って訪問するようにしましょう。

 

見学時間は「9時〜12時」と「13時〜16時」です。

 

見学できる塔につくと、このように門も見ることができます。

 

これは元々門の先が港で、そこから物資を運び入れていた名残とのことでした。

他の砲台跡に行く際にも門があるかどうかで、軍関連の施設かどうかを判断することができます。

 

 

送信塔は近づくと、こんなに大きいです!

段々になっているのは、その長さごとに足場を組んで塔を作っていったためです。

 

 

入り口から入ると、中はこんな感じです。

 

 

むっさ、かっこよくないですか!?

むっさかっこいい!!(小並感)

 

 

横にはしごがあるってことは、当時はこのはしごで行き来してたってことですよね・・・。

 

高所恐怖症には考えられないです(T_T)

 

送信塔だけでなく、電信室跡も見ましょう

こんな感じで送信塔がかっこいいので見落としがちになるのですが、すぐ近くに電信室の跡地もあります。

 

こちらも建物が蔦に埋もれていい感じなので、セットで見学されるのをおすすめします。

 

片島公園 片島魚雷発射試験場跡

 

まいど、ボブです。

 

長崎探索第4弾。

今回は公園の中に残っている戦争遺構です。

 

片島公園の中にある、それぞれの魚雷発射試験場跡を紹介します。


魚雷発射試験場の歴史

元々は独立した島だった片島に、1918(大正7)年、片島発射試験場が完成。

 

その後太平洋戦争中の1942(昭和17)年には埋め立てられ地続きとなり、川棚海軍工廠が開設された。

 

この施設の役割は名前の通り、魚雷を実際に発射して性能試験を行う場所だ。

ここで試験に合格した魚雷が、佐世保鎮守府に納められていました。

 

では、それぞれの施設跡を見ていきましょう。

 

魚雷発射試験場本部跡

海側の駐車場に止めると、まず目に入ってくるのがこの本部跡です。

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ちなみに、この本部跡にあるこの木が「バケモノの子」の映画にも出たようで、聖地巡礼の対象にもなっている。

 

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この本部跡の真反対にあるのが、発射試験場跡です。

 

魚雷発射試験場跡

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試験場跡へは、このようにコンクリートが続いています。

 

足元に気をつけながら近づいていくと、このようなレンガとコンクリで作られた建物があります。

 

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中に入ると覗き窓?があり、きれいな海を見ることができました。

 

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新観測所

試験場跡から陸地へ戻り、右に真っ直ぐ行くとあるのが新観測所です。

なお、今は足元が崩れているために立ち入り禁止となっています。

 

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良い子はこの先に行っちゃだめですよ!

 

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こんな感じの写真が撮れるからって、行っちゃだめですからね!!

 

まとめ

今回は片島公園内にある、片島魚雷発射試験場跡を紹介しました。

 

ここは比較的安全に見ることができる戦争遺構です。

ただし、足元のコンクリートがいつ崩れるかは誰にもわかりません。

 

見学に行く際は周りに注意をはらいながら行くようにしてください。